読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

種を蒔く人

子どもの読書のことや、公共図書館、学校図書館の役割について斜め方向から考えます。

その瑞々しい「コンチクショー」を拳に握りしめて大人になれよ

 

身近な人だからこそ、重大な事は相談できない。

 

mainichi.jp

 

www3.nhk.or.jp

 

www.asahi.com

 

 

今年度の内に、

全国で教師の指導がきっかけで自殺した指導死の数は、21件だそうです。

 

卒業式シーズンに飛び込んできたニュースに耳を疑いました。

推薦でないと志望高校に進学できないというシステムがまかり通るなんて。

あまりに偏ったシステムに、驚き、

学校のしてきた進路指導にもその後の対応にも、

全てに憤りを感じずにはいられないです。

 

 

亡くなった子どもは、真面目で成績も良かったとか…

親に相談なんかできませんよね。

彼は毎日、どんなに胸の潰れる思いで悩んでいたことかと思います。

そして、親に心配かけないように努めていたかと思います。

自殺をしたのは、担任が親に推薦できない事実を連絡してきた後だったそうです。

彼が一生懸命隠していた事をあっさり伝えたその後に起きたんですね。

 

 

中学生を担任する先生として、いろいろ配慮が足りないと思います。 

廊下で立ち話で確認するとか、進路指導とか、

三者面談に来なかったことへの対応とか、

もう、いろいろ。雑すぎる。思いやりがない。

そんな程度なら、教師という資格をもった者でなくても十分ではないか。

学校の事務職員が事務的に連絡した方がまだマシだったかも。

一体全体、これは、どういうことなのだろう(T_T)

 

 

「舐めらまい」と意気がるの、ナゼだ?

 

中学校は、特殊です。

例えば、

「部活くらいやらせておかないと何をするか分からない」

とか、よく言われますよね。なんだいそれは?

「中学生」と一絡げに束ねて、「何をするか分かんない」なんて。

そして、思いやりよりも舐められまいという気持ちが勝り、

入学当初、まだ生徒の名前も覚えないうちから、

とことん生徒を怖がらせて搾り上げる。

まだ何も、何も、やる前からです。 

ナゼそんなことになるのでしょう?

 

 

私が思うに、

人の一生のうちで、

中学生が、一番真実が見えて、一番正直だからだと思います。

ものの善悪が判断できるようになり、

自律できるようになり、自信がついてくる年頃です。

しかし、思ったことをなんでも口に出してしまう子どもっぽさが、

まだ同居しています。

年齢があがるにつれ、知識もつき常識もわかると、

「間違っていないこと」が全て「正しいこと」じゃないと気づくのですが…

 

大人にとっては、誤魔化しの利かない、厄介な生き物かもしれません。

 

だから、中学生たちに見透かされてしまうのを恐れて、

先にガードしにかかるのかもしれません。

 

 

こんなことがありました。

 

うちの長男が中1になって早々に、

意味不明の理不尽な仕打ちを課されそうになりました。

 

ジャージ登校のはずの日に間違えて制服で行ってしまったら、

放課後帰宅して、ジャージに着替えてまた登校して職員室に見せに来いと言うのです。

その日は部活もないから、ただ見せるだけのためにもう一度行くなんて。

先生が確認して「よし!帰ってよし!」って言って、

それで優越感にでも浸りたいのか。パワハラじゃないかぁコノヤロー(・Д・)ノ

 

f:id:yo_mite:20160310211955p:plain

 

 

冗談じゃない!と思い、担任に電話して拒否しました。

息子は、行けば済むことだから行かせてくれ と言いましたが、許しませんでした。

 

 

そりゃあ、うちの子はアホでございます。

そんなことは、親でも重々承知しております。

ボーっとしてて、気が利かなくて、正真正銘のアホでございます。

しかし、今日1日、十分嫌な思いをしたはずです。

それで十分じゃないですか。

このうえ、ただジャージを先生に見せるためだけに再登校はさせるなんて、

そんなことはさせません!

 

 

先生は、

「⚫︎⚫︎君も、今日は一日中ひとりだけ制服で恥ずかしい思いをしていて…

分かりました、もう、いいです。」

 

面倒くさい親ですか?

モンスターペアレンツですか?

たかがこれしきの事ですか?

でも、私は言います。

この新任の先生のためにも言います。

言ってあげないと、

こういうやり方を指導だと思い込んでしまいます。

 

 

まとめ:子どもの心と大人の良識

 

世の中は、全く一筋縄ではないです。

複雑で、理不尽なことばかりです。

コトバがどうも通じない人がいて、驚くことも多いです。

気付かないフリの人も、無関心な人も多いです。

配慮がなかったり、勝手に決め付けていたり、誰かの言いなりだったり、

そんな大人がウジャウジャいます。

 

そういう私も、

何が正しくて、何が間違っているのか、ちっとも分からないことばかりです。

 

 

でも、大人になってよかったと思います。

どうしても我慢ならんような理不尽に対して、

「それは理不尽じゃないか!」と言えるようになったから。

 

 

だから、どんなことがあっても、

なんとしてでも、生きるのをやめないで、大人になってほしいです。

その「コンチクショー」という気持ちを拳に握りしめたまま、

必ず大人になってほしいです。

そして大人になったら、コンチクショーな大人に、

「コンチクショー」と言ってやってほしいです。

子どもたちの柔らかい心を受け止めて、

「コンチクショー」と言ってあげられる大人になってほしい。

 

f:id:yo_mite:20160310212034p:plain

 

本物の大人というのは、

子どもの頃の心を忘れないで、大人の良識をもつ大人のことだそうです。

そんな大人になって、「大人になってよかった」 と言える人になってください。

 

 

 

 

おまけ:絵本の記憶が凍えた心を温めるというエピソード

 

この絵本の、このエピソードを思い出したので紹介します。

去年の今頃、私が別のブログに書いたものです。

  

 

 

はなをくんくん (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)

 

冬眠していた動物たちが目を覚ます。
何処からか何かいい香りする。
何だろう?
はなをくんくん。
くんくん、くんくんやりながら、
香りの主を辿っていく。
くんくん、くんくんしながら、
みんな四方八方から、香りの元を目指して走り出し、
辿り着いたところには一輪の花、タンポポが咲いている。


とてもシンプルな言葉で、
すごく単純に、春の訪れを感じさせてくれる。
黄色い表紙に、モノクロの絵。
辿り着いた先のタンポポだけが、ぽっと明るい黄色を放つ。
その小さなタンポポに動物たちが駆け寄ったシーンで終わる。
そして読み手は、これから始まる何か素敵な事に想いを馳せながらページを閉じることだろう。
希望に満ちているなぁと思う。

 

この絵本で命を助けられたという女性の話を聞いた。
その方がまだ多感な中学生の頃の話だ。
友だちとのトラブルで傷付き、自らの命を消してしまおうとばかり考えたのだそうだ。
親にも誰にも相談できず、心配させたくなくて平然を装っていたそうだ。
そんな凍えるような毎日を過ごしていたある日、ふと本棚を見ればこの絵本があった。


何気なく手に取ると、その絵本の裏表紙には、
拙い文字で自分の名前が書いてあったそうだ。
覚えたての字で自分で書いた自分の名前である。


この絵本を彼女は久しぶりに自分で読んで、何を感じただろう。

それは幼い日の思い出。
母の膝の心地よさ、温もり、自分の全てを包み込んでくれるような優しさ。。。
きっとその絵本には、与えてくれた人の愛情が詰まっていて、
その人と過ごした時間の思い出が詰まっていると思う。

彼女はその日、その絵本を手に取ったことで、
前を向いて生きていけたというのだった。

 

 

本という奇跡―「心にのこる私の一冊」より

 


そんな手記を、ある講演会で紹介された。

私は、絵本という紙で出来た、主に小さな子どものために作られた本により、
親と子の愛情のやりとりと共に、
人々の心に刻まれる何かすごく大きくて深くて優しいものを感じて、
胸がいっぱいになったのだった。

傷付いた子どもに、言葉をかけてやるのは身近な大人だけでなく、
そんな大切な思い出の絵本であることもある。
思いがけなくも、絵本が親に代わって、その子の凍えた心を温めてくれたのだなぁと思った。

 

 

 出典:ナニコレPTA PTAはほんとは何がやりたいの?

 

 

 

紹介した本 

はなをくんくん (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)

はなをくんくん (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)

 

 

 

本という奇跡―「心にのこる私の一冊」より

本という奇跡―「心にのこる私の一冊」より

 

 

 おすすめの本

 

 

併せてどうぞ:関連する記事

 

yo-mite.hatenablog.com

 

yo-mite.hatenablog.com

 

yo-mite.hatenablog.com