種を蒔く人

子どもの読書のことや、公共図書館、学校図書館の役割について斜め方向から考えます。

巨大ピラミッド規制〜考えることをOFFしてしまった大人たち

 組体操をめぐって文科省が規制

  

matome.naver.jp

 

 

去年あたりから、運動会の組体操の危険性について、

ネット界隈で議論されていました。

そしてとうとう、文部科学省が規制に乗り出しました。

 

この問題は主に、

エスカレートするピラミッドやタワーの段数について言及するものでした。

 

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組体操でピラミッドやタワーをする際、一定の段数を超えた場合、

下の段にかかる荷重は尋常でないものになります。

その重さは、とてもとても人が支えられるものではないのです。

また、その高さときたら、10段、11段ともなれば、

建物の3階床の高さと同じ!!!

その上に這い上がり、手足を広げて立つなんて!

こんな離れわざを普通の小・中学生に求めるなんて!

運動会は、サーカスでも大道芸でもありませんよ!

 

 

 

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   おめでとうございま〜す!

 

 

毎年、練習でも本番でも事故が多発しているそうです。

大きなケガも多く、なかには、

一生、後遺症を抱えて暮らすほどの深刻なケガも!

 

いや、一生の後遺症は負わなかったとしても、

その治療にかける間、その子とその家族の日常は一変するわけで、

学生の本分である授業が受けられず遅れてしまうじゃないですか!!!

学校は、子どもたちの安全に配慮するべきなんて、

わざわざ声をあげなくとも当たり前のこと。

たかだか運動会の競技によって夢も希望も絶たれるなんて(つД`)ノ

そんなこと、あってはならないと思います。

 

 

こうなれば、

「強制させてんじゃないゾ ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3」

という声が出ても仕方がないと思います。

 

 

言い出しにくい…それって、感動?安堵?

togetter.com

  

なにしろ、学校行事というのは、どれもこれも、

正当な理由なく「参加しない」なんて許されません。

教育というのは、ある意味、強制も伴うものなのかもしれません。

何もかも要求を呑むわけにはいかないという理屈も、

分からないわけではありませんが…

 

 

例えば、親から「やらせないでください」と頼む場合、

よほどのやむを得ない事情がなければ、

親の甘やかし、はたまた、うるさいモンペと見なされます。

また、本人がやりたくない気持ちを伝えるとすれば、

「強い拘りを持つ、周りと同調できない、協調性がない」と受け取られ、

むしろその欠点を克服するために

「組体操をがんばろ! o(^_^)o」と説得されるでしょう。

それでも、拒むものなら、

「もしかして発達障害?」と疑われ、

今度はカウンセリングを薦められるかもしれません。

 

このような、悪意はないけど思いやりに欠ける対応を受ければ、

親子共々で傷つくわけで、

そんなことは大人はこれまでの経験から想像できるわけです。

子どもにとって学校生活は、日常生活のほとんどを占めます。

そういう場所で、そんな理不尽な扱いを受けるとなれば、

日常生活はほぼ丸つぶれ、可哀想すぎます。・゜・(ノД`)・゜・。

親がいちばん心を傷めるのは、この部分です。

 

だからこの場はもう、

「“重い、痛い、辛い、苦しい”も運動会が無事に終わるまでの我慢だよ」

と子どもを励まし、言い聞かせ、乗りきるしかないじゃないですか。

かく言う、私の息子も過去に、

7段ピラミッドの頂点に登り、無事に生還しましたがね。

体育の先生からは褒められましたよ。

最初からぐらつかなかった子は初めてだったそうです。

いやはや、無事でなによりです(−_−;)

 

 

さあ、ここは、みんなで、組体操からの子どもたちの無事生還を祈りましょう。

巨大ピラミッドが無事に成功しますように。。。アーメン、ソーメン、冷そうめん

 

 

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そして、無事に成功した暁には、

 

成功万歳!よかったね!すごかったね!みんな頑張ったね!

 

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これって、ほんとに、感動ですか?

 

 

「伝統」を言い訳にしないで、考えて!

 

しかし、これまでどんなに心ある大人が訴えたところで、

国ができることと言えば、都道府県への注意喚起程度でした。

 

結局は、

学校判断を委ねるところなのです。

当然のことと思います。

 

 

  事故は会議室で起きてるんじゃない。

  現場で起きてるんだ!

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では、今回は、

どうして「文科省が規制」という事態になったのでしょうか。

 

 

私は、やはり、

事故にあった子ども当人からの手紙が大きかったのではないだろうと思います。

 

 

bylines.news.yahoo.co.jp

 

 

これまでの伝統と言ってしまえば聞こえはいいが、

学校の悪習ともいうべき「前年踏襲」は、

やめ時を知らない危険をはらんでいます。

大人たちが考えることを止めてしまっているのです。

 

そして、「伝統を守る」をイイワケにして、

責任を負うことから逃げているのです。

冷静に考えれば、事故が起きれば責任重大な過失になると予想できるのに、

変えることや止めることへの非難を恐れ、

「過去」に責任を転嫁しているのです。

 

「守るべき伝統なのか…」

それとも、

「陳腐化して削るべきものなのか…」

考えることを止めてしまっては、

人でも組織でも、成長することを諦めているとしか言えません。

 

ですから、

ピラミッドが何段なら大丈夫というのも、組体操全面禁止というのも、

まず考えることを止めている大人には、な〜んにもならないのです。

「では、二人三脚はどうですか?騎馬戦は大丈夫ですか?」

などと、何もかも文科省にお伺いをたてることになってしまうorz

 

blogos.com

 

 

考えるスイッチを完全OFFの状態ですね。

なんとも、情けないことです(~_~;)

 

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明日は、「考える力」について考えてみます。

 

 

yo-mite.hatenablog.com