種を蒔く人

子どもの読書のことや、公共図書館、学校図書館の役割について斜め方向から考えます。

学校は嫌いになっても、図書館のことは嫌いにならないで!!

図書館との初めての出会い

 

小学校には

それぞれのクラスに週に1回「図書」の時間というのを設けてあり、

割り当てられたクラスがゾロゾロとやってくる。

 

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そして前の週に借りた本を返して、選んだら借りて帰る。

 

 

高学年は今、運動会の練習中で忙しそうで、

返して借りたらすぐ、慌ただしく帰っていく。

 

1年生は、図書館との初めての出会いなもので、

借り方、返し方から図書館での過ごし方など、

最低限のルールを簡易なことばにして伝えるオリエンテーションを行った。

まず自己紹介をし、

手遊びで注目をさせたあと、ストーリーテリングをした。

絵本にもなっているおはなしを選んだので、

そこから本の話をして、図書館でのルールを語った。

次に来たときは「本の並び方」を伝えようと思う。

 

しかし1年生だからと見くびるなかれ。

絵本が主かと思いきや、

漢字の本が読みたいとか、折り紙の本、迷路の本、

マジックの本、はたまた地震の本まで欲しがる。

1年生の好奇心と勉強意欲には驚愕である。

この新芽を摘まないように、大事に育てなくては。

 

 

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それはパワハラです

 

気になることがある。

というのは、「図書」の時間ということで、

それは先生たちにとっては「授業」なもので、

なかにとても口うるさい先生がいらっしゃることだ。

 

時間が限られるというのもあるが、

ぐずぐずするなとか、とっとと選べとか、

半分脅すような言い草で注意する先生がいらっしゃる。

1年生にひとり、2年生にもひとりいらっしゃり、とても気になる。

まだ幼い1、2年生にそんな風では、

「図書」の時間が、なんとも息苦しいものに感じ、

読書意欲が遠のかないか心配でならない。

 

いや、1、2年生でなくとも、

相手が子どもだからといって、自分が先生だからといって、

つまり何を言っても言い返してこないからと言って、

威圧的に振る舞うのはパワハラではないか!

 

 

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滅多にそんな先生はいらっしゃらないが、

残念ながらそのような方をお見かけした。

  

 

ああ、どうか、

 

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学校は嫌いになっても図書館は嫌いにならないでください

 

 

 

 

図書館という民主主義的な空間

 

図書館とは、

最も民主主義的な場所である。

個人が尊重されて、自由で居られる場所のはずだ。

学校においても、

学習を手助けする手段としては勿論のこと、

単なる息抜きとして利用されて然りだと思う。

そうして個人が大切に扱われることで自立的な学習意欲は育つというものだ。

つまり、小学校の学校図書館は、

その先、上位の学校図書館あるいは公共図書館

貯えられた情報を使いこなせるようになる第一歩目なのだ。

 

その力を育てるためには、ふかふかの土地や栄養が必要で、

どうか今、耕そうと鍬を入れたばかりのところ、

そして小さな種が芽を出そうとしているところ、

踏みつけてしまうような真似はされないでー!!!

と思ったのだった(言わないけれど)。

 

 

 

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まとめ

 

先生方において学校の図書の時間は、

本を返して借りる時間と捉えている節がある。

この授業で何をするべきか、指導計画が彼らには無いように見える。

 

おおよそ先生たちは指導要領に準じて授業計画を立てる。

それならば、その指導要領もしくは目標を示す必要があるのかもしれない。

それがあるならば、学校司書と協力し、

授業をどう組み立てようかと考え出すのではないか。

授業というと、なんとも堅苦しい感じがして好きではないが、

「図書」の時間自体、既に違和感があるわけで、

いっそのこと、ここはそれを利用しない手はないかもなと思ったりした。

 

 

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