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種を蒔く人

子どもの読書のことや、公共図書館、学校図書館の役割について斜め方向から考えます。

アクティブ・ラーニングからの、トランスフォーム!

 これからの教育

 

学校図書館の活用名人になる―探究型学習にとりくもう

学校図書館の活用名人になる―探究型学習にとりくもう

 

 

これからの教育は、トランスフォーメーション型に進化していくそうだ。
トランスフォーメーションとは、物体や構造が変質することであるが…。



自動車からロボに変体するロボのお話ではありません。

 


【HD】トランスフォーマー 変形シーン 三部作まとめ 総集編

 

 

 

 

はたしてトランスフォーマーたちは、
何を目的にこの地球へやってきたのか。。。

 

いや違う。

 

はたして、

これからの教育を示す、新学習指導要領の目的は何なのか。。。

 

 

 

中核になるのが、「アクティブ・ラーニング」の視点の導入だろう。

「アクティブ・ラーニング」というのは、
『主体的能動的対話的に学びを考えさせよう』という、
もともとは大学教育で取り扱われてきた教育手法らしい。

 


私が普段接している小学生どもは、

大人にタメ口で話し、
語尾に「です」も「ます」も使わない。
そこでこの頃私は、
「です」「ます」を使った言い方で言い換えさせたりする。

公共のマナーも教えませんとね(^ ^)

 

例えば、以下のとおりだ。

 


小学生「先生、○○ってある?」


キヅキ「そんなんじゃ調べてあげない」


小学生「え(°▽°)⁈」


キヅキ「先生、○○という本はありますか? say!」

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小学生「先生、○○という本はありますか?」


キヅキ「good!」

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キヅキ「○○という本は、今、貸出中です。必要なら予約するといいですよ。」

 

 

 


そのうえ図書室なのに…、

 

スライディングするし…、

鬼ごっこしてるし…、

転んでるし…、

時に泣いてる子いるし…、

 

休み時間はてんやわんやです。

一日中でいちばん体力消耗する時間ですorz


あの子ら、別な意味で、アクティブですorz

 

 

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アクティブ・ラーニングとは

 

ここに、アクティブ・ラーニングについて詳しい解説がありますが、

 

blogos.com

 

字面だけ見ると、昔の「詰め込み型」を思い起こすのだが、
安易に「詰め込み型」と同化させるのはキケンかもƪ(˘⌣˘)ʃ
むしろ「詰め込み型」と同化させるかしないかで、
理想形に近づけるか否かが決まってくるかもƪ(˘⌣˘)ʃ

 

 

理想形って?

 

OECD経済協力開発機構)が実施するPISAは、
21世紀求められるスキルの国際標準化を目的に行われています。
つまり、これこそがその理想形なのです。
なにしろ、日本は、

このPISA型読解力が「低いよヤバイよ」ってことで、
今度の学習指導要領改訂でも、学校図書館法も改訂でも、策を討ったんだから。

そして、来年度から始まる第5次「学校図書館整備5ヶ年計画」では、
地方財政措置がこれまでの倍額となったんだから。

 

www.j-sla.or.jp


いよいよ、ようやく、ともかく、


「主体的能動的対話的学習」には

学校図書館」の資料や機能が欠かせませんですぞ!殿!


ということが予算に反映されたわけですね。

 待たせますね。

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なぜOECD(経済協力開発機構)実施のPISAなのか

 

現代社会は、高度情報化社会なので、
多種多様な情報から問題までがどっさり積み重なった世の中です。

自らが自らの課題に気がつくことすら、ままならない。
ぼんやりツイッターなんか見ただけで、

解っちゃったような気になることもしょっちゅうσ^_^;
ほんとは情報の断片しか見ていないのにね^^;

 

そして課題に気づいたとしても、では解決法は?というと、
これまた多種多様の情報が溢れかえっているので、

それらの情報から必要な情報を取捨選択し、
批判的な読解のもとに分析する力が必要スキルとなりました。
そして、どう活用するかや、表現するかの力も大切になりました。
いわゆる「情報リテラシー」ですね。

 


そして現代社会は、グローバル化社会なので、
例えばある製品を作るときには国際的標準が求められ規格化されたりします。
だから、現代人には、

グローバルな規格に照らし働く力や生きる力が求められているとね。

というわけで、教育もまたこれら国際規格に統合させる必然性があるってことで、
要するに、国際標準の学力を育成すべきとなるのです。フュ〜(´∀`; )

 


このように考えていくと、
「教育」というのは、社会の変化と連動しながら変化していくものみたいですね。

 


高度情報化社会、グローバル化社会が、トランスメーション型の教育を求め、
トランスメーション型の教育が、
高度情報化社会、グローバル化社会を支えるっつーわけです。
そして今回改訂された学習指導要領の目標がそれと一致するつーわけです。


それがこれ

より良い学校教育を通じてより良い社会を作る
このことを学校と社会が共有する

 

しかし、小中高大学と学生時代を過ごし、
立場こそ変われど、他の社会を知らないままに、
閉鎖的な環境と言われる「学校」に身を置き続ける教員が、
「社会が求めている人材」をどれくらいイメージできるのだろうか。
これができなかったら、上の目標もなかなか実現し難いように思う。
だからもしかしたら、
「21世紀求められる人材」がどのようなものか知ろうと、
教員が社会に目を向け続ける姿勢が要になるのかもしれない。

この学習指導要領は、
教員にも主体的で能動的な学習がより求められている気がする。

 

 

 

まとめ


今こそ大人たちは皆、
レイチェル・カーソンのことばに耳を傾けてほしい。

知ることは感じることの半分も重要ではない

 

引用文献:

センス・オブ・ワンダー

センス・オブ・ワンダー

 

 

 


今回改訂の学習指導要領では、
小1の生活科にスタートカリキュラムが組み込まれている点が興味深い。
これは、

体験を通じて「感じる」ことで知識への道が開かれることを見通してのことと思う。

現代の子どもたちは遊びや体験する機会が足りていない。
大人の見守りの下で、時間に縛られながらのわずかな遊びや体験のなかで、

自ら課題を発見して考えたり調べたりする余裕があるように思えない。

 

小さな生きものを見つめ、冷たい水に触れ、風を感じ、花の香りを嗅ぐ。
そんな体験を通し、沢山の「なぜ?どうして?」は蓄えられていく。
そんな時間が大人にも子どもにも減ってしまっている。
そんな自然発生した「なぜ?どうして?」からこそ自主的な学習は始まるはずだ。


そんな体験には対話がある。自然な形で仲間との協働がある。
てか、遊びの延長だから さ。


このような体験の伴った知識は、
興味の領域を広げ、知的欲求を芽生えさせ、「学び方」を育む気がする。

つまり、それこそが、アクティブ・ラーニングなんじゃないの?

 

 

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